依存症
ある日、総帥が消えた。
塾に出勤しても、総帥の姿がなかったのだ。先に出勤していた社員やバイトに訊ねてみたが、誰も今日は総帥を見ていないという。
総帥がたまにパチンコや買い物などで抜け出すことはあるが、そういう時はいつも私には告げて行っていた。子供たちへの嫌がらせのときは一緒に出かけていた。
不思議に思いながらも、今日は受け持ちの授業があるのでいつも通り仕事をこなした。しかし、何をしていても頭の片隅には総帥のことがあった。ぼんやりしすぎて生徒たちに宿題を出すのを忘れてしまう程だった。
仕事が終わった後、思いつく限りの場所を必死に探したが見つかることは決してなかった。自宅にも塾にも本部にもいなかった。
総帥の家族にも「仕事の出張」と話していただけで、詳しい場所までは言っていなかったそうだ。むしろ直属の部下が知らないのか、私のほうが不思議に思われただろう。
何故、私を置いて消えてしまったんだ。
夕闇の中、私は帰り道に車を走らせる。何を見ても、何を聞いてもため息しか出ない。
空しくなるだけだったので流しっぱなしだったFMを切った。陽気なDJの声が途切れる。そしてエンジン音だけが車内を包み込んだ。
もう少しで家に着くというところでふと気付いた。まさか、一人でデスバレーに向かって行ったのでは。
少し前からデスバレーという場所で悪の新興勢力が活動し始めていると耳に入っていたが、総帥は微塵も気にする素振りを見せていなかった。しかし、本心はそうではなかったのかもしれない。
私は慌ててUターンして空港に向かった。
しかし、デスバレーに向かう最終便は数十分前に出発してしまっていた。こんなところで遅れをとっている場合ではないのに。
明日の朝になるまで飛行機は出ないという。仕方がない、それまで待つしかない。
心が落ち着くまで待合のソファに座り込むことにした。もう、時間も遅い。今日は近くのビジネスホテルにでも泊まろう。
座っている間、様々な憶測が頭の中を行き交う。
一人で行ってしまうなんて、総帥はもう私を必要としていないのだろうか。実際に私はカブトボーグの実力は中の下だ。だからとはいえ、今まで総帥は私のことを大切にしてくれていた。しかし、あまりにも成果を出さないあまり、愛想も尽きてしまったのかもしれない。
間接的に戦力外通知をされたようで、私は心が落ち着くどころかもっと沈んでいった。
「笹本、こんなところでどうしたんだ」
心が不安定なあまり、総帥の声の幻聴が聞こえてきてしまった。
「おーい、笹本順一くんー」
目の前に幻覚まで見えてきた。もう私は駄目だ。
しかし、その幻覚は私に触れてきた。総帥が私の肩に手を乗せる。
「せっかく迎えに来てくれたんだろう? 笑顔で迎えてくれたらどうだ」
笑顔の総帥。それは紛れもなく本物の総帥、天野河大輝だった。
「総帥……」
あまりの嬉しさに私は思わず涙が零れてしまう。
「ど、どうしたんだ」
急に泣き出した私に動揺している総帥を見て、私は慌てて袖で涙を拭った。そして満面の笑みを作った。
「何でもありません。お帰りなさいませ、総帥」
「どうして私が飛行機で出かけたって分かったんだ?」
「勘です。そういえばどちらへ行かれていたんですか?」
「うどん食べに香川行ってた」
「……わざわざ飛行機で?」
「そうだ。ほら笹本にもお土産あるぞ」
「何で黍団子なんですか。黍団子は岡山の名物ですよ」
「そうだったっけ。空港でお土産コーナーにあったけど」
「いいです、ありがたく頂きます。これからは遠くに行くときはちゃんと私に伝えてからにしてくださいね」
「分かった分かった」
END
←BACK ■ NEXT→
|