5.店にて、夜は更けていく



 私は暫く二人にくすぐられ続けた。それはまるで拷問のような時間だった。くすぐる手は休まること無く、私は馬鹿のように大声でずっと笑い続けた。その上、二人から板ばさみになっているので決して抜け出すことは出来なかった。
 笑い涙が出尽くしてしまいそうになる頃、やっと二人が手を離してくれた。
「ひ、酷いよ、二人とも……」
 私は肩で息をしながら二人の間から抜け出す。いつの間にか下半身を隠していた膝掛けが床に落ちていたので、慌てて拾い身に付けた。今更全裸になって失うものも何も無い気がするが、ひとまず寒いものは寒い。
「あー、面白かった」
 大輝はニンマリ笑いながらと私の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「順一ハ、アマリニモ敏感スギルンジャナインデスカー?」
 そう言い、ロイドは私の背中を指で軽くなぞった。こそばゆくて声がこぼれる。
「うっ……そうかもしれない。じゃなくて、いい加減服を返して下さい」
「分かった分かった。何ならずっと抱きしめて暖めてあげたのに」
 大輝は机の下に置いてあったら服を取り出し、私に渡してくれた。私はすぐに服を着始める。
「気持ちだけ頂きます。それより大輝こそ寒くないんですか」
「私はビッグバンオーガニゼーション総帥、ビッグバンだぞ。寒さ如きに負けるわけが無い!」
 確かに大輝は北風吹くこの季節でも、悪を演じるときには半裸にマントのスタイルを決して変えない。私も半裸ではあるのだが、一応長袖ジャケットを着ているので大輝に比べたら大したことは無いのかもしれない。
「大輝モ順一モ、コンナ寒サノ中デモアノ変態スタイルを変エナイノハ凄イデスヨ」
 ロイドは椅子に腰掛けてビールを一口飲んだ。それに合わせて、大輝もテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。
「私は変態じゃないよ」
 私はズボンを穿きながら声を少し尖らせた。
「笹本は変態かもしれないけど、私はリュウセイの為だしなー」
 そう言い、大輝はチキンをかじった。
「ジャア順一ダケガ変態トイウコトデイインデスネ」
 ロイドは人差し指を立ててウインクをした。
「良くない」
「ジャア露出魔?」
「それは大輝の方じゃ……」
「笹本?」
 大輝が私の手元からジャケットを取り上げようとする。
「何でもないです」
 私は顔を大きく横に振って否定した。
「ソレヨリ、二人トモモット料理食ベテクダサイネー! ワザワザフランス料理ノシェフに作ッテモラッタンデスカラ」
「にしてはフランスっぽい要素が見受けられないけど」
 テーブルの上に並んでいるのは、どうみても、アメリカの家庭で作られるクリスマス料理にしか見えなかった。
「ダッテクリスマスハターキーヤローストビーフ、マッシュポテト、アップルパイトカヲ食ベルッテ決マッテマスシ」
 いかにもアメリカンなメニューを作らされたフランス人シェフが可哀想だ。そういえばロイドはアメリカ人だったな、と思い出す。見掛けこそ白人だが、彼の話す英語訛りの日本語は何度聞いても芸人の物真似レベルだ。
「だから本格的な味なんだな」
 マッシュポテトを一口食べ、大輝は言った。
「分カリマスカー? 何度モ打チ合ワセシタオ陰デイイ味ニナッタンデスヨ」
 ロイドは笑顔で大輝のほうを向く。もう二人の会話を突っ込むのも嫌になってくる。私は服を着終わったので、大輝の隣の椅子に腰を落とし、テーブルの上から未開封の缶ビールを手に取った。
「お、笹本も酒飲むんだな」
「少しだけですよ」
 私は缶を開け、ビールを口に運んだ。出しっぱなしにしてあったので少しぬるくなっていたが、久々に飲む酒はとても美味しかった。
「クリスマスダシ、ガッツリ飲ンジャイマショーヨ!」
 何ナラ日本酒デモウォッカデモ何デモ出シマスヨ、とロイドは日本酒の入った大きなビンと洋酒の入った小さな瓶を取り出した。いくらなんでも極端だ。
「残念だが、明日も仕事なんだよ」
「そういやそうだったな」
 大輝はけろっとした顔で言った。
「忘れてたんですか、大輝」
「いやー、ロイドと酒飲んでたらすっかり忘れてた」
「飲ンジャッタモンハショウガナイデスヨー。サー、モウ一缶ズツグライ飲ミマスカ?」
 ロイドは空になった缶をテーブルの隅にまとめて置いた。そして机の下から缶ビールを何本も取り出した。どうやらロイドたちはここからお酒を取り出していたようだ。
「二人とも程々に……」
「そんなこと言わずに、ほら、飲め飲め」
 大輝は封の開いた缶を私に押し付けた。中身はあまり入っていなかったが、匂いをかいでみるとビールよりきついアルコール臭がした。
「この缶、中身はウォッカですよね」
「ソンナ訳ナイデスヨー、ネ、大輝?」
 ロイドは笑顔で大輝のほうを向く。大輝も同じように憎たらしいほど満面の笑みで返す。
「なー。ほら、上司の命令が聞けないのか」
「ああもう、分かりましたよ」
 私はウォッカの入った缶を大輝から受け取り、口に含んだ。
 ここで私の記憶は途切れている。どうやら相当飲み過ぎたせいで途中から意識が飛んでいたようだ。こうして酔いどれ親父たちに散々酒を飲まされたお陰で、次の日は二日酔いに悩まされることとなった。



END



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