4.揺れるマント



 目が覚めると、ジョニーはベッドの中にはいなかった。
 ぼんやりとした意識を起こし、のっそりとベッドから降りる。目をこすって辺りを見回すとジョニーの姿が見えた。すっかり着替え終わってて、意識もすっかり覚醒しきっているようだった。いつもと違うのは真っ赤なマントと帽子をつけていないところぐらいだった。
「おはよ。意外と寝ぼすけなんだな」
 ジョニーが私のほうを見て言った。
「あー、何だか昨日は疲れたし」
 しっかり寝たつもりなのだが、まだ体に疲れが少し残っていた。本当に今日が休日で良かった。
「朝食はどうする?」
「じゃあ食べる。白米が食べたい」
 ジョニーは目をきらきらさせて言った。海外暮らしばかりでお米に飢えているのだろうか。
「分かった。じゃあ準備するからちょっと待ってて」
 私は大きな伸びをすると寝巻きのままキッチンに向かった。
 私が朝食の準備はしている間、ジョニーはまるで子供のように目をらんらんとさせて、じっと私の様子を見ていた。とても気分がいいようで、一定のリズムで首を右、左と傾けていた。そんな彼の様子が私にはなんともかわいらしく見えた。
「よし、出来たぞ」
 今日の朝食はご飯に焼き鮭、そしてワカメの味噌汁。質素に見えるが、普段は朝食にここまで手間をかけることもない。忙しいときなんてカロリーメイトを一本かじるだけのこともある。
 湯気が立つ朝食をリビングに持っていくと、ジョニーは満面の笑みを浮かべた。
「すっげ! さすが独身男性!」
「まだそのネタを引っ張るか」
 私が構えるのを見ると、ジョニーはあはは、と笑って誤魔化した。
「さ、食べな」
 早くしないとさめるぞ、と私は言った。
「はーい。いっただきまーす」
 ジョニーは両手を合わせて言った。そして箸を手に取ると怒涛の勢いで食べ物を口にしていった。私はその勢いに圧倒され、自分の食事に手をつけられないでいた。
「ん、食べないのか」
 口の端にご飯粒をつけたジョニーが訊いてくる。
「あ、ああ……いただきます」
 私も朝食を少しずつ食べ始めた。
 朝の食事を家で誰かと一緒に食べるなんていつぶりだろうか。そもそもこんな料理を朝に食べるのもいつぶりだろうか。そんなことを考えながら、私は塩味の良く効いた鮭を口にした。
 食事を終えると、ジョニーはすぐに旅立ちの準備を始めた。と言っても、帽子をかぶってマントを羽織るだけだったが。
「もう、行っちゃうのか」
「旅が俺を待ってるんでね」
 ジョニーは歯を出して笑った。
「そうか。…下まで送ってくよ」
「寝巻きで?」
 そういえば着替えずにずっといたんだった。明らかに寝巻きという見た目なので、さすがにこれで外に出るのは無理だ。
「……ちょっと時間をくれ」
「そのぐらいは待つよ」
 私はあわててズボンとTシャツを引っ張り出して着替える。
「笹本がそんな格好してるのって何か変な感じ」
「私だってラフな格好ぐらいするよ」
 確かにジョニーにはここまで適当な格好を見せたことはなかった。私服だとしてもそれなりには着飾った格好で会うことがしばしばだった。
「さ、降りるか」
 ジョニーは、ん、と返事をした。
 エレベーターで1階に下りる。そして玄関まで歩いていく。そういえば確かに警備員室が壊れているように見えた。バレなかったらいいな、と私は心の中でつぶやいた。
 玄関の自動ドアを抜けると、ジョニーは右手を上げて別れのサインをした。
「んじゃ、また会うことがあったらよろしくな」
「どうせすぐに帰って来るんだろ?」
「だってタダで泊まれる宿が見つかったんだし」
 ジョニーはグッと親指を立てるサインをした。
「今度から有料な」
「絶対にビタ一文払わねえから!」
 ジョニーはふふっと笑った。そして、じゃ、またな、とジョニーは歩いて行ってしまった。赤いマントがゆらゆらと揺れる。
 私は彼の姿が見えなくなるまで、ずっと同じところに立って見送っていた。
 そよ風が、よぎった。



END



←BACK    NEXT→